「お姉さま‥‥」 祐巳は痛ましい表情で、その部分を見つめた。 セーラーカラーから僅かに覗く透き通るように白い胸元、その襟に半分隠れた、ちょうど鎖骨の辺りに浮き出た赤い斑紋。 薄い皮膚に覆われたその骨の上に、滲んだ血に薄っすらと染まったそれが、白いセーラーカラーと皮膚を背景にして痛々しく祐巳の胸を突いた。 * 体育倉庫で積み重なったマットに足をとられただけだった。咄嗟に近場にあったポールを掴んだものの、勢いがついて棚に肩の辺りをぶつけたのだ。 体操着の上からではわからなかったが、制服に着替えてしばらくすると、打ったところが次第に赤く色づいてきたのだった。 「大丈夫よ、このくらい」 目の前に立った妹の、真剣な、泣きたいのを堪えているような表情に、祥子は慰めるというよりも寧ろ戸惑うような気持ちで声をかけた。祐巳の大きな瞳が真っ直ぐに、僅かに傷む部分に向けられている。いつもの表情の変化はそこになく、祥子を安心させる、あの弾けるような笑顔もない。 祐巳が一歩近づいた。祥子にというよりも、その胸に咲いた赤い斑紋に向かって。 自分にではなく、その傷に魅せられている視線に理由のないむず痒さを覚えながら、祥子はその場を動くことに躊躇いを覚えた。すぐ目の前にある祐巳の顔が、痛ましさから次第に縋るようなものへと変わっていく。 見られている部分が熱を帯びる。 なにか言葉をかけなくてはならないような気がして、祥子は唇を開きかけた。 だが、思考が停止したように、発するべき言葉が浮かんでこない。すべての動きが祐巳の視線によって封じられたかのように、今はただ、彼女が次にどう動くのか見つめていることしか出来ない。 スッと祐巳の頭が動いた。さっき直してやったばかりのリボンがそれに続いて目の前で揺れる。 次の瞬間、傷む部分に何かが触れた。 最初はキスされたのかと思った。 でも、そこに触れたものはもっと湿っていて、もっと熱い。 舌だ、と気付いた時、不意にそこを舐め上げられて、祥子は身体を震わせた。 両腕に添えられた祐巳の手は、押さえ付けるでもなく、柔らかく頼りなげに置かれているだけで、もしも祥子が嫌がって遠ざかろうと思えば、すぐにそのとおりにできる。 後ろに一歩下がるだけでいい。 祐巳はすぐにやめるはずだ。そして自分のしたことを悔いて、恥じるだろう。だから、やめさせるのは簡単なことなのだ。 祐巳の視線の呪縛は解けて、動こうと思えばすぐにでもそうできる。 それならもう少し、このまま彼女のしたいようにさせてあげてもいい。 ゆっくりと、優しく、まるで母犬が子犬の傷を癒そうとするかのように、祐巳の舌が祥子を慰める。 舐めればその斑紋を拭い去ってしまえると本気で思っているのだろうか。 視線を落とすと、顔をうずめている祐巳の耳元が、胸の傷よりも薄い色にほんのりと染まっているのが見えた。 祐巳は時々離れて傷の具合を確かめながら、また同じ行為を繰り返す。 その舌に慰められて、傷は薄くなっただろうか。 もしかしたら本当に薄くなっているのかもしれない。 心の傷を癒すように、祐巳なら祥子の身体の傷もきっと癒してくれるに違いない。 祐巳の髪の香りと体温をごく近くに感じた。 その甘さをもっと味わいたくて目を閉じる。 片方の腕にあった祐巳の手が離れ、そっとカラーを押し広げる。 祐巳の舌が、その時不意に鎖骨の上を滑るように動いた。 鎖骨の窪みを内側から外側へ、ゆっくりと舐め進んでは再び戻る。 もう子犬のような舐め方ではなくなっていて、もっと別の何かを意図するような、滑らかに間断のない動き。 「祐‥‥‥んっ」 胸の内に湧き上がる衝動に、祥子は思わず半歩後ろに退いた。 けれど、祐巳の手はもう優しく触れているだけではなくて、退いた途端に祥子の腕を掴んで引き戻し、同時に半歩進んで、襟元を押さえていた手が背中に回った。 一度離れた唇は、今度は直接首筋に落ちた。柔らかな祐巳の頬が首を覆う。 押し付けられた部分は、くすぐったいような、ぞくぞくするような甘い感覚を呼び起こして、祥子は首を仰け反らせ、再び身を引こうとした途端にバランスを崩した。 「あっ」 祐巳が抱きとめようとしたが間に合わず、祥子はすぐ後ろに迫っていた壁に肩を打ちつけ、そのままずるずると壁下に崩折れた。 支えようとして上から屈みこんだ祐巳が、そのまま名残を惜しむように追って来る。祥子の前に膝を付き、首筋に顔を埋めて、さっきと同じ場所に唇を押し付ける。それと同時に、柔らかい舌がやって来た。 「‥‥‥っ」 味わい舐める舌はしばらくひとつところに留まっていたが、やがてそこだけでは飽き足らず、首筋の付け根から顎の方へと移ってゆく。時折強く吸い付いたかと思うと、次には愛でるように舐め上げて、また場初を変えては繰り返す。 声が漏れそうになるのを、祥子は懸命に喉元に押さえ込んで唇を噛み締めた。 だから、最初に漏らしたのは祐巳の方だ。 僅かに唇が離れた時、短い吐息と共に可愛らしい声が祥子の耳をつき、すぐにまた首筋に吸い付いて、そして続けざまに甘えたような声を上げた。 たどたどしくて、少しだけ荒々しいキスは、やがて物欲しげに顎の縁に留まった。祐巳が何を待っているかは、聞かなくてもわかる。仰け反らせている顔をほんの少し下に向ければ、祐巳が欲しいものを与えられる。 それが、自分も望んでいるものかどうか考える前に、祥子はそうしていた。 ただ、顔を下に向けただけ。 祐巳は待ちわびていたものを与えられた子供のように、急いでご褒美を受け取った。それがあまりに性急で、唇はぴたりとは重ならなかった。だから祥子はそっと顔を傾けて、鼻先を重ね、祐巳が楽に出来るようにしてやった。 互いの唇の圧迫感だけでは物足りないと感じる時まで、二人はずっとそうしていた。 やがてその状態に慣れてくると、祥子は祐巳を促すように、優しく、そっと咥えてみせた。 「んあ‥‥‥」 つられたように、祐巳が祥子を咥えなおす。一度だけじゃなく、何度も何度も。 祥子は時々それに応えるだけで、祐巳の気が済むまでその通りにしてやり、途中で少しだけ舌を出して祐巳の下唇を舐めた。 「んんっ」 肩に置かれていた祐巳の手に力が入り、同時に貪るように強く唇を塞がれる。 すぐに開いた口の間から舌が入り込んでくる。 自分から誘ったというのに、祥子は驚いて咄嗟に祐巳を遠ざけるように動いた。祐巳はそれを許さず、更に強く引き寄せる。 思わず引っ込めた舌を祐巳の舌が探り出す。なぞられた感触に力を抜くとすぐに絡め取られた。 「んっ‥‥」 「あん‥‥」 祐巳の舌は、祥子の舌の上をたどり、その裏側をゆっくりと舐め取っていく。 遊ぶように突付いたり、絡めたり、舌先を合わせたりと好き勝手に動くのを、祥子はただされるがままに受け入れていた。 時々悪戯心を起こして反対に舐め上げてやると、祐巳は驚いたように動きを止める。 そのままじっとしていたら、祐巳は再びゆっくりと愛撫を再開した。 片手を祐巳の首の後ろに回して頭を支えてやりながら、貪られるままにされるのが心地いいと感じている自分に戸惑いと羞恥を覚える。祐巳の指先が頬を撫で、そして首筋から胸元に降りていった。鎖骨の上を細い指が滑る。感じたことのない激しい衝動が突き上げて祥子が再び身体を震わせた時、唇を離した祐巳がため息をついてぐったりと身を持たせかけてきた。 腕の中の小刻みな荒い呼吸と溜め息。それで、これで終わりなのだとわかる。 もっと欲しいと思う気持ちと、これ以上許すわけにはいかないと思う気持ちがせめぎ合って、どちらを選んでいいかわからないままに両腕を回して抱き寄せると、祐巳は甘えたように胸に顔を擦りつけた。 祐巳は柔らかかった。そしてとても暖かい。 祥子は両手でしっかりと祐巳の頭を支えて上を向かせ、その潤んだ瞳を見つめ返した。 「お姉さま‥‥」 「祐巳‥‥」 指先でそっと顎を持ち上げると、祐巳は静かに目を閉じる。 気をつけて優しいキスを落とす。そっと唇に触れるだけの静かなキス。 これは、祥子から祐巳へのご褒美。 上手にできました。勇気をもって、自分から動くことが出来ました。 キスが終わっても、祐巳はまだ目を閉じていた。 祥子の前で、安心して全てを委ねているその表情がたまらなく愛しい。 だから最後のキスは、触れ合わせたあとで、軽くチュッと吸ってやった。 それは祐巳が、祥子を愛していることへのご褒美。 祐巳を愛している祥子へのご褒美は、その腕の中にいる祐巳自身だった。 |
あとがき (2004/5/10)
御猫さまへの4444Hitキリリク作品です。 書くから描いてくれ、と強引にお願いしたところ、最初にラフ画を、次に完成版を贈って頂きました。 恥じらいながらも一生懸命な祐巳ちゃんと、戸惑いつつ受け入れている祥子さまが素敵です!! そう、戸惑いつつ受け入れる。これが祥子さま受けのコンセプトなのかと実は思っていたりして。(笑) ラフ画も完成版もGiftの中にUPさせて頂きました。 御猫さま、ありがとうございました。 全てをひっくるめて、御猫さまに捧げます。(ええ、問答無用で持って帰って頂きます。) 御猫さまへの感想はこちらへどうぞ!! →[ RUBBISH FRAGMENTS ] 素材サイト Weed garden あとがき (御猫VER.) 流石私の新力さん!!GJでした!(いつからアンタのものになったんだよ) |